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練吉は軽く頭を下げながら、相手の房一がいきなり直立不動のやうに足をそろへたのを見た。
「え?いや、居ましたよ、居ましたけど、別に――」
「まだ?ふん!よせ、よせ。阿呆らしい」
この分では永くなりさうだと思つて、房一が腰を浮かし気味にすると、
小谷はやさしみのある顔をぽつと紅らめ、いくらか饒舌になり、それと共によけいきいきいする声で話した。
「今日はほんの御挨拶に上つたので、いづれ又ゆつくり――」
好い座敷には床の間、ちがい棚は設けてあるが、チャブ台もなければ、机もない。茶箪笥や茶道具なども備えつけていないのが多い。近来はどこの温泉旅館にも机、硯すずり、書翰箋しょかんせん、封筒、電報用紙のたぐいは備えつけてあるが、そんなものは一切ない。
練吉は房一の腕にさはつて、囁くやうに云つた。近眼鏡の下から切れの長い練吉の眼が一種こつそりした親密な表情をのぞかせていた。突嗟とつさに房一はその囁くやうな調子や眼つきから、練吉が何のことを云つているのかを了解した。
房一は大きくうなづいて見せた。もう獲物は大分前からとまつていた。
房一はきつぱり云つた。男は、これは話が判る、といふやうな顔をした。それに押つかぶせるやうに、
「どこの帰りかね」
「もう一人後から来るかもしれませんが、そしたらよろしく頼んます」
「や、これは。高間さんですか。お久しぶりで」――「お忙しいですか」