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徳次は一種くさめをする前のやうな、煙けむたげな表情になりながらわき見をしたり、房一を眺めたり、どぎまぎして答へた。
その二人の働いている所にはまだ形こそはつきりとはしていないが、内部ではもうこゝだけに見られる家庭生活の気分といふものが生れて居て、その特殊な雰囲気がひつきりなしに流れて、徐々にこの空洞のやうな乾いた家の中にその匂ひを浸みこませて行くやうに感じられた。
「や、先日はどうも――」
と云つた。
「怪我人ができたのかね」
「あれですよ。半之丞の子と言うのは。」
かういふことになると、彼の話振りには一種の無邪気さが現れて釆る。
「どういふことでせうね、まあ!」
「つい今日まで挨拶にも行かずじまひになつてね、どうも済まなかつた」
あの紙衣裳を着た神主達は今どこを歩いているのだらう。どこかの空地で、ばさばさ音をたてる袖口をたくし上げて、握飯をほゝばり、お茶を啜つてでもいるだらうか。きまりは、町の端々から通りといふ通りは、どんなところでも歩かねばならないのだ。昨日まで迂散うさん臭い顔で紙衣裳を眺め、触つてみようともしなかつた房一は、いよいよ着こむときになると案外な度胸を示した。ボール紙の冠をかぶり、紐を顎の下できゆつと結ぶと、肉づきのいゝ顔を一寸ひきしめて、どうだ!といふ風に盛子に擽つたさうな目をくれた。それはとにかく珍妙ないでたちにちがひなかつた。が、しかし、たとへ紙にもせよ、一定の式服といふものの持つ効果はたしかにあつた。それは本物のそれのやうではなかつたにしても、とにかく何かしら堂々としてはいた!そして速製の「威儀を正した」顔さへ自然と誘ひ出しさうであつた。
道平は納得したやうにうなづいたが、又ゆつくり身体を坐りなほすのと一緒に、
「別に惜しいほどのことではありませんよ」つづけて、ふいに調子を変へると、
だが、練吉のひきつゞく不身持にはたつた一つの取柄があつた。それは隠し立てのないことだつた。どんな場合でもおほつぴらだ。そして、彼は云ふのだつた。――「おれは初恋の女がどうしても忘れられないんだ。親父やおふくろは、年の若い者の浮気位に考へてろくに相手にもしなかつたんだが、あの時頭ごなしに叱りつけないでいゝやうに舵をとつてくれたら、おれもこんな風にだらしなくはならなかつたんだ。あの女が忘れられないために、かうして次々とふしだらを重ねるんだよ。おれは子供の時から何でもかんでも、あれしてはいかん、これしてはいかんと圧へつけられて、まるで息がつけなかつた。それあ親父やおふくろは立派なきちんとした人達なんだ。それはそれでいゝが、僕は性質がちがふんだ。だらしないけれども、僕は僕なりに向きもあるし、考へもあるんだ。それをやかましく、やかましく押へつけられて、ぎうぎうにされて、おれは全くどうしていゝか判らなかつたよ。口に云へないほど辛かつたよ。そして、こんな風に変な人間ができたんだ。今さら、それを怨んだりはしない。だけど、おれは自分が思つた通りのことをどうしてもするんだ。これが真実だと思つたことは誰が何と云つたつて聞かないんだ。それが駄目なら死んだ方がいゝですよ。あゝ死にますとも。僕は何度もその決心をして来たんだ。たゞこの上迷惑をかけて、親父の名に泥を塗るやうなことになると困るからしないだけだ。いざとなつたらいつでもやつてみせますよ」